紙とディスプレイ -表示媒体の違いにおける読みやすさ(1)
昨年、「紙媒体のほうがディスプレイより理解できる」とする実験結果が発表されました。
この実験は、人がダイレクトメールに接した際、紙媒体とディスプレイでの脳反応の違いをNIRS(近赤外分光法)で測定した、というものでした。その結果、情報理解に関する部位では紙媒体のほうが反応が強く、理解させるのに優れているとしています。この実験、ネットでは多くの議論を呼んだようです。
今回は、この実験をきっかけに、「表示媒体の違いにおける読みやすさ」について考えてみたいと思います。
スラッシュドットに寄せられた意見は、整理すると以下になります(抜粋/一部意訳あり)。基本的に「この観点は考えられているのだろうか?」という指摘を含めた意見が多く見受けられました。
実験に寄せられた意見
(1)比較点
1-1 「同じ情報であっても紙媒体(反射光)とディスプレー(透過光)では脳は全く違う反応を示し」に対して、「同じ情報」の条件をそろえて検討しているのか?
- 解像度
- 色域
- 色温度
- 光の散乱:バックライト/反射光の違いなど
- 輝度
- 角度:液晶を縦掛けた場合/紙を下置きにしたの場合の違いなど
1-2 比較対象のデバイスを変えたらどうなるのか?
1-3 ディスプレイの特性自体への考慮はしているのか?
- ディスプレイへの映り込み
- ディスプレイはじっと見ていられない
1-4 そもそも比較対象がズレているのではないか?
- モノである紙デバイスと、データである映像コンテンツを比較している
(2)UI
2-1 操作の違いは考慮されているのか?(実験はDMを対象にしていますが、議論は電子書籍に向いています)
- ページめくりのペースや効果の違い
- 残りページの表示方法や感じ方の違い(読み終えるまで○○分、といった表示や残量スライドバーでは、今、本のどのあたりにいるのか把握しずらい)
- 左右版面の中央に現れる陰影の効果
- 書籍を手にした際のページの曲り具合の効果
- 辞書の操作性(辞書の場合、紙と電子で大きく操作性が異なる)
2-2 ユーザ体験設計は考慮されているのか?
- 紙はUX効果が高い(高解像度で読みやすい、好きに書きとめることができる、物理的に付箋を貼れるなど)
(3)知識
3-1 前提知識の違いは考慮されているか?
- 読み手の背景知識・知識量には違いがある
3-2 それぞれの媒体に対する思い込みは考慮されているか?
- ディスプレイは娯楽/紙は勉強、のような刷り込みがあるのではないか
(4)解釈
4-1 結論付けに飛躍がないか?
- 生理的反応=情報の理解度が高い、という結論に疑問あり
- 前頭前皮質の反応が強い=理解度が高い、という結論に疑問あり
- 得られた結果は「前頭前皮質の反応が違う」という事実だけ
- そもそも前頭前皮質の役割は、意味理解よりも動作実行の機能。文章理解ではなく、予測的な肉体活動の準備と構築をしているかもしれない
4-2 内容へ注力できる要素/阻害要因について考えているのか?
- 慣れの効果は考慮しているか?
- 読み易ければその分、読む物の認識自体に脳を使わず内容に集中できる?
これらは個人の意見ではありますが、分類してみると、どの観点からも深掘りできそうに感じます。が、今回は特に、4-2 内容へ注力できる要素/阻害要因について着目しました。
そもそも、当初「読みやすさ」について考えたことは、読みやすさとは読者と文章の相互作用であり、「読者側」は解析が難しいが、「文章側」はそれなりにできそう、ということでした(この時、構造化の活用というアプローチを考えていますが、それはまた別の機会でまとめてみたい)。
そこで、3回にわたり、「文章側」について「難易度推定」という観点からみてきました(読みやすさの評価指標(1)、(2)、(3))。
ここでわかったことは、様々な文字種(漢字、ひらがな、カタカナ、英数字、句読点等)の組み合わせで生まれる「言葉や文の文字列的な複雑さ」を計算することが文章のわかりやすさを表現する指標になっているということでした(わかりやすさと読みやすさ、密接ですが少し含まれる要素が異なりそうです。この点も考えないと)。
一方、紙とディスプレイの実験は「読者側」を脳科学で解析しています。スラッシュドットの議論を見てもわかるとおり、このアプローチは未解決な部分が非常に多い。
そこで今回は、(難しいながらも)読者側へのアプローチとして認知科学を考えてみたいと思います。認知科学の知見を踏まえ(られるかなぁ)、表示媒体の違いにおける読みやすさについて、内容に注力できる要因/阻害要因を整理してみたいと思います。
ということで、先が長そうなので、今回はこれくらいで。