読書的な何か。

読書と読書にまつわるテクノロジー、雑記など。

書評『ネット・バカ』(3)

邦訳『ネット・バカ』を読んで、書評と考えを以下の3点に絞って書き綴っています。今回は「視点(3)新しい読書」です。

  • 視点(1)深い読書
  • 視点(2)ウェブの影響
  • 視点(3)新しい読書

これまで2回の投稿を振り返りますと、以下のようになります。

深い読書

深い読書とは、「沈黙→集中→注意の持続→切れ目ない読み取り」という読みのプロセスを通じて、人の意識を(言葉・思念・情動を伴う)「内なるフロー」に向けていくこと。その実現には、集中と沈黙が欠かせない要素である。

ウェブの影響

ウェブのリンク機能は文書間を容易に行き来できるという利点と、行き来するという行為がもたらす注意散漫状態という欠点を併せ持つ。そのため、ウェブでは複雑で非線形な読みが求められる。人々は複雑な読みに順応しつつあり、短文・断片的な情報を受け入れ始めている。

今回は、これらを受けて、「視点(3)新しい読書」についてまとめてみます。

視点(3)新しい読書

脳科学研究からのダメ出し

7章「ジャグラーの脳」では、ウェブの読みに関する、脳科学を中心とした様々な研究結果が示されています。一部を示しますと、

われわれは、「同時に複数の動作を行うよう要求する状況や、情報量に圧倒されてしまうような状況」を求める傾向にある。

Tokel Klingberg, "The Overflowing Brain: Information Overload and the Limits of Working Memory, trans. Neil Betteridge(Oxford: Oxford University Press 2009), 166-67.

本を読む人の脳は、言語、記憶、視覚処理と関連する領野が活発に活動するのが観察されたが、決定や問題解決を行う前頭前野では、あまり活動が見られなかった。これに対して、熟練したネット使用者の脳では、ウェブページをスキャンしたり検索したりするとき、それらの領野すべてで大規模な活動が観察された。

Small and Vorgan, iBrain, 16-17.

オンラインで読むとき、われわれは深い読みを可能にする機能を犠牲にしているのだ。

Maryanne Wolf, "intervier with the author", 2008-3-28.

リンクを追うべきか判断し、それを伝ってネットを移動することには、読む行為とはまるで異質な、精神に非常に負担をかける問題解決作業がともなうことが判明した。

Jean-Francois Rouet and Jarmo J. Levonen, "Studying and Learning with Hypertext: Empirical Studies and Their Implications", in Hypertext and Cognition, ed. Jean-Francois Rouet, Jarmo J. Levonen, Andrew Dillon, and Rand J. Spiro(Mahwah, NJ: Erlbaum, 1996).16-20.

リンクは学習のさまたげになる。

D.S. Niederhauser, R.E. Reynolds, D.J. Salmen, and P. Skolmoski, "The Influence of Cognitive load on Learning from Hypertext", Jounal of Educational Computing Research, 23, no.3(2000).

リンクの数が多くなるほど理解度が減少することが明らかになった。

Erping Zhu, "Hypermedia Interface Design: The Effects of Number of Links and Granularity of Nodes", Journal of Educational Multimedia and Hypermedia. 8, no.3(1999).

「ハイパーテクストは豊かなテクスト経験につながる」という理論に対する「裏付けはほとんどない」ことがわかった。

Diana DeStefano and Jo-Anne LeFevre, "Cognitive Load in Hypertext Reading: A Review", Computers in Human Behavior, 23, no.3, 2007.

 まだまだ続きますが、要するに、ウェブの機能は深い読書の阻害要因にしかならない、ということをひたすら示しているわけです。

飛ばし読み(パワー・ブラウジング)!

このような状況は、飛ばし読み(パワー・ブラウジングという新しい読み方を生み出しています。ニールセンによれば、ユーザはウェブページをF字形に目を通す読み方をしているそうです。

u-site.jp

この読み方のスピードは、100語増えるごとに読む時間は4.4秒しか増えていません(熟練読者でも、4.4秒で読める単語は18語だそうです)。「ユーザはウェブ上でどのように読んでいるのか?」に対し、ニールセン曰く、「読んでいない」。

また、ロンドン大学の研究は、「さっさと収穫を得ようとするユーザたちが、題目や目次、要旨のページを「力まかせに飛ばし読み(パワー・ブラウジング)」するにつれ、新たな形の「読み」が生まれている兆候すらある。」と示唆しています。

Ian Rowlands, et al, "The Google generation: the information behaviour of the researcher of the future", Aslib Proceedings: New Information Perspectives, Vol.60, No.4, 2008.

新しい読書へ

短文、断片、そして飛ばし読み。ウェブの世界で起こるこれらの新しい読みに対し、新たな試みも始まっています。

例えば、ティム・オライリーは「モジュール構造を持つ本」を発表しています。発表スライドのような形式の本は、あえてそれぞれのページを独立させることでコーエンが言うところの「断片」を作り出しているのです。

www.slideshare.net

また、ケヴィン・ケリーはデジタルのカット&ペーストの可能性に言及しています。デジタルの世界ではカット&ペーストが容易に行えます。つまり、本はページ、段落、文など、様々な粒度でバラバラにできる。この断片をリミックスすることで、別の本として作り変えることができるのではないか、としています。

また、本書には出てきませんが、これらの話を読んでいて、東京大学の堀浩一先生の研究を思い出しました。先生はKNC(Knowledge Nebula Crystallizer)というソフトウェアを開発しています。KNCは書きためた原稿やメモを自動的に分解し、再構成してくれるシステムです。断片を自動的にリミックスしてくれるという、非常に野心的な研究です。

まとめ

これまで3回にわたって、『ネット・バカ』について書評を交えながら考えをまとめてきました。視点は3つ。(1)深い読書、(2)ウェブの影響、(3)新しい読書です。

本を読むという行為は、集中と沈黙を通じて、人の内側に向かっていく、線形な行為でした。便利な機能を有するウェブは、便利さ故に非線形な読みを提供することになり、結果として人に注意散漫な状態をもたらします。では人は読めなくなった/読まなくなったか、というとそうではありません。読み方を変えているのです。つまり、短くて、断片的で、要点をまとめるような、新しい読み方が立ち現れているのです。

そして、この状況をいち早く感じ取った先駆者たちは、実験的な読書体験を提供するコンテンツを作りだしつつあります。ひとことで言うなら、リミックスコンテキストを的確に捉え、断片からその場に応じた読みやすいコンテンツを紡ぎだす、新しいタイプの編集技術が、これまでにはない新しい読書を可能にするかもしれません。

参考

▼ニコラス・G・カー,篠儀直子著「ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること」(青土社)
4791765559