イベントレポート「日仏フォーラム 《書籍とデジタル》」
はじめに
書籍の形態の変化と、新しい読書の方法について知りたくて、6/13(月)、国立国会図書館のイベントに参加しました。終日のイベントだったのですが、都合上午前中のみの聴講でした。片手落ちではありますが、まとめと感想を書いてみます。
イベントでdoksyo-tekが参加したのは、基調講演と第1セッションです。他にも、長期アクセス保証の話や出版ビジネスの話等、聞いておきたい内容が盛りだくさんだったのですが、無念の中座でした。
以下、各セッションのまとめと感想です。
基調講演
養老孟司さんが語る本の話。非常にシンプルに、わかりやすく脳と本の関係を示唆してくれたと思います。
まず、脳は図1のような処理をしているそうです。つまり、感覚を通じて得られる意識が扱うものは、情報そのものである。情報は、①時間が経っても変わらず、また、②感覚によって訂正されていく。
感覚を通じた入力をx、意識(情報)をyとすると、「同じ」と感じる状態はy=xで、「個性」はxの係数aと考えられます(y=ax)。係数aが正なら好きだし、aが負なら嫌いになるわけです。
この、等号で結んで意識(情報)を交換できるのは、人間に備わっている特有の機能なのだとおっしゃっていました。
と、ここで講演時間切れになってしまったのですが、この先の話を想像してみると、本は記号(情報)の集合で成り立っているので、先のy=axが成り立つ。係数aという意見を持って、本の中身を他者と交換(議論)できるわけです。これって、たぶん脳にはフィードバックとしての感覚があり、それがまた意識を形成していく、ということなのだろうと思います。
第1セッション
「デジタル時代の創作と読書」というテーマで、著者やクリエイターがパネルセッションを行いました。テーマを作り手/本/読み手に分けて、それぞれの現状と課題の共有が試みられました。
登壇者
- Therry Baccino氏(パリ第8大学教授)
- デバイスが人間の読む行為に与える影響等を研究
- Julie Stephen Chheng氏(アーティスト)
- 紙と電子で仕掛け絵本等を制作
- 藤井太洋氏(作家)
- 平野啓一郎氏(作家)
- 近年ではネットで小説の断片を共有する「マチネの終わりに」を出版
- 井芹昌信氏(株式会社インプレスR&D社長)
- 部数の少ない本を出版するNext Publishingというサービスを展開
- 林智彦氏(朝日新聞社)
- 電子出版に詳しい。司会進行
作り手の視点
例えば「プロとアマの境界線はいわゆる文学賞が担っている」「出版物の評価体系やジャンルは紙に基づいている」「制作コストとしての編集/ブランド/販促力の捉え方は、出版社とセルフパブリッシングで異なっている」といった状況があります。
これらは、制作過程で紙にデジタルが入り込む、もしくはデジタルから紙が生まれることで、より複雑になっているのかもしれない。そのへんのデザインをどうするか、といった課題が示唆されました。
本
ここでは、本はデジタルによってどんな変化があるか、デジタルの向き不向きな状況が共有されました。いくつかの例を箇条書きにしてみますと、以下のようなものが挙げられます。
- アート作品のようなデジタル×紙の本は、使い方や評価が難しい(Chheng)
- ARのように、紙に重畳するデジタルは説明的であり、やりすぎるとゲームになってしまう(Baccino)
- リニアな読書体験が小説的だとすると、ノンリニアな読書体験は雑誌ではないか。ただ、雑誌的な実験小説は読者のうけが悪かった。(平野)
- マルチメディアの組み合わせで読書体験が深まると思われがちだが、脳はマルチタスクではない。情報の順路や専門書の文書構造等、リニアなほうが読書は深まる(Baccino)
- 読書の観点では、ハイパーテキストの理解は難しい(Baccino)
展望
登壇者が一人ずつ一言で創作と読書について、今後の展望を語ってくれました。
- Baccino:デバイス次第。人間工学的レイアウト(自分にとって読みやすいレイアウト)がポイントだ
- Chheng:本とデジタルは別々の進化を遂げるのではないか
- 藤井:コンタクトレンズで読書する世界になる
- 平野:(amazonでは既に始まっているが)電子書籍はクラウドから配分される
- 井芹:紙とウェブをつなぐ、オーサライズド機能(ISBN付番等)が発達する
感想
雨の中、会場まで行くのが大変だったのですが、とても有意義な時間が過ごせました。
ただ、日仏フォーラムなので、もう少し日仏の違いとか、日仏での紙・デジタルの関係比較などをしてもよかったのかも、と思いました(午後のセッションで議論されてたのかな)。
また、登壇者に著者や制作者が多かったため、どうしても作り手の視点での話が白熱しました。確かに作り手の視点に立脚しないと見えてこない面も多いとは思いますが、もう少し、新しい本の形態で新しい読書をする「読者」の視点で議論があってもよかったかもしれないと思いました。
とはいえ、デジタルプラットフォームは既存の商流をまったく新しいものに作り変える力を持っています。出版の世界にも、その波は確実に押し寄せているのだということを感じられるエキサイティングなイベントでした。
なお、このイベントはアーカイブ配信(そのうち音声だけになるらしい)がされているので、興味を持たれた方は、視聴をおススメします。自分も、後半戦楽しみに見ようと思います。
日仏フォーラム 「書籍とデジタル」 | NIKKEI CHANNEL
おまけ
参加セッションで名前が挙がっていた書籍を並べてみます(たぶん聞き漏らしあり)。どれも読んでみたいですが、特に世界一美しい本は、DVDもついている力作なので、ぜひとも手に入れたいところです。
▼『考える人』編集部/テレビマンユニオン 編著「世界一美しい本を作る男~シュタイデルとの旅 DVDブック」(新潮社)