書評『読書教育を学ぶ人のために』
本をどう読むのか、どう読ませるのか。読書デザインに関するトピックスが理論・実践・展開の3部にわけて整理されており、読書教育の分野の現在を知るのに最適な一冊です。新年早々、とてもいい本に出会うことができてうれしいです。
以下、各部の気になったポイントをまとめてみました。
読書教育の理論
著者らは、読書について以下のように述べています。
(p9)
読書行為の最中に私たちは自分を取り巻いている環境を書物の世界に投入します。読書によって得たものをもとにして、再び私たちはその環境のなかに身を置きます。現実の環境を見つめなおすための、あるいは自分自身を見つめなおすための「心と魂」を「拡張」してくれるのが読書行為の意義であると考えることができます。
(p11-12)
読書とは、1.自分の内なる世界を「築く」ことであると同時に自分の内面に「気づく」ことであり、2.知識を得るためだけでなく、それ以上に私たち人間に多くの作用をもたらすものでもあり、3.情報をそのまま受け止めるのではなく、表面にとらわれずに対象の質を見極める力や、それらの情報を取捨選択する基準と判断力を養う行為でもあります。
(p14)
運転のための技術を教えることと、運転の楽しさを思う存分味わわせることは、完全に別々のことではないのですが、どこか違うのです。
運転技術を教える/教わることと、運転そのものの楽しさを味わうことの違いって直感的でわかりやすい例えだと思います。読書も技術(読書術、読書論、読書法などなど)を学んでいる時の感覚と、実際に読書をして(そして熱中して)いるの時の感覚には大きな乖離があります。この違いを理論的に解明していくことができれば、誰もが容易に読書に親しむことができるのだと思います(これは相当困難ではありますが)。
読書教育の実践
次に、具体的な実践として以下に挙げる手法を紹介しています。
- 読者と図書との出会いを促すための方法
- ブックトーク、読書へのアニマシオン
- 書物の世界への抵抗感をなくするための方法
- 読み聞かせ・読み語り、ストーリーテリング
- 読書体験にひたらせる方法
- 黙読の時間(朝の十分間読書)
- 図書を読んで得たものを交流させるための方法
- 読みあい、読書会・ブッククラブ・リテラチャーサークル
- 読書体験を記録する価値を教える方法
- 読書ノート・読書カード、読書記録
こう見ると、4、5はなじみがありましたが、1~3はあまり知らない取り組みでした。特に、1の読者と図書との出会いを促すための方法論は面白いものでした。
ブックトーク(p72)
現在のところ、ブックトークとは、狭義には図書館職員や司書によるレファレンス活動を指すが、広義には、聞き手に本への興味を持たせ、本を手に取ることを促すため、あるテーマをめぐる何冊かを選書して紹介するトーク全般を指すこともあると捉えておくとよいでしょう。
最近はビブリオバトルも流行っていますが、対面だと語り手の想いが伝わりやすい反面、時間と場所の制約が大きいものになります。その点、熱量は低いかもしれませんが、前述の制約を持たないHONZのような書評サイトがブックトーク機能を進化させると面白いかもしれません(ソーシャルがその答えとなりうるかは検証が必要かと思います)。
読書へのアニマシオン(p96)
読書へのアニマシオンとは、丸ごと一冊の本を自分の意志で自由に読むことを前提として行われる活動で、アニマドールに導かれて、遊びの要素を盛り込んだ「作戦」という形で行われます。その目的は子どもの読む力を引き出し、読みのスキーマを形成させ、自ら進んで主体的に本を手に取り、深く読む子どもに成長させることを目的にした活動なのです。
アニマシオン、初めて耳にするワードなので試してみないとピンと来ないのですが、どうやらゲーム的な要素を盛り込むことで、読書に誘導する手法のようです。アニマドールと呼ばれる司令塔の能力に大きく左右されそうですが、その役割を自動化(人工知能化)することで、子どものみならず、ジャンル別、年齢別等、様々な用途に応じたアニマシオンができるのではないかと思いました。ゲーミフィケーションの要素も取り込んで、ちょっと中毒的な味付けにしたら、、等と考えるとなかなか楽しいかもしれません。
読書教育の展開
読書が情報化(デジタル化、データベース化、ネットワーク化)することでどうなるのか、という視点で書かれています。興味深かった点は2点。1点目は「メタデータに気をつけろ」、2点目は「デジタル化は断片化」のあたりです。
p225
そのデータベースから漏れた書籍ないし情報に接触できないことに気づかないからだけではありません。むしろ、そのデータベースからどのような情報に接触できるのかが、そのデータベースの設計・構築する他者に依存しているということにあります。和田は、電子図書館のリテラシーを身につける上で重要な点として、「メタデータへの批判的な目の養成」(『越境する書物』p137)ということを挙げています。
データベースは書物を整理し、かつアクセスしやすくするために有効なツールですが、蔵書されている書物の全てを表現していません。また、整理項目であるメタデータは検索結果に大きな影響を与えるのみならず、意図的なバイアスをかけることもできてしまいます。こういったことに気を配りながら、スキーマ設計をすることはとても大事なことだと思います。
p227-228
本に対するもう一つのイメージは、断片化された情報それ自体が本として成立するというものです。本が電子化されることによって断片化され情報化されるとき、検索によって得られた本の断片を"本"だと認識し得るのだとすれば、逆にそのように断片化された情報を"本"として提示することもある得るということです。
Webの世界では、情報はどんどんコンパクトに、そして断片的になっています。そうなるとそこから意味のある情報をどう構成するか、その編集力がとても大事になってきます。検索に頼った"本化"もいいですが、キュレーションやNAVERまとめのノウハウをいかに本に取り込めるか、逆に、もともと書籍の編集者が持っていた編集能力をいかにWebに転用できるか、そのあたりが重要な課題になっていく気がします。
所感
Michele Ansteyによれば、読書教育を通して育てる「理解」には次の5つのポイントがあるそうです。
- 本が意図的に目的を持って書かれていて、それが本の体裁や構造にもあらわれていることの理解を育てる
- 本の多彩な表現形式を捉えるための見方を育てる
- 「本」に対して既に持っているイメージや考えを捉え直し、広げる
- その本がなぜそのように書かれているのかということを、同じ内容の本と比べながら考える
- その本の持っているさまざまな潜在的な意味を考え、その本が読者の読みをどのように組み立てるのかを考える
このような「理解」は、人がいかに理解したかを解析するというより、本が持つ構造や意図を抽出し、他の本と比較することで成り立っています。先の投稿で示した、どのような条件の時、どのようなタイプの文書を読むのに向いているのかという課題にも通じる部分があるのかなと思いました。
まだまだ?な部分も多いですが、情報技術が読書にどう寄与できるのか、今年も考えていきたいと思います。