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読書的な何か。

読書と読書にまつわるテクノロジー、雑記など。

未来の本

▼「本とコンピュータ」編集室著「季刊・本とコンピュータ (第2期12(2004夏号))」(大日本印刷株式会社ICC本部)
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本とコンピュータという雑誌をご存知でしょうか。この雑誌、今から10年ほど前に出版されていたものですが、「100年後、本はどうなる?」と題して、2100年の本について、4人の方に予測してもらっています。10年たって、少しは100年後に近づいたのでしょうか。

以下は、各人の予測の意訳です。

漫画家・西島大介さん

ICタグによるマーケティングが行き過ぎて、読書統制が進み、本は完全広告化し、そして崩壊。100年後には肉筆回覧本、つまりグーテンベルク前の方法に戻る、という「図書館戦争」+「薔薇の名前」的な世界を予測。

グラフィックデザイナー・永原康史さん

表紙、製本用かがり糸、本文紙など本を構成する素材が「保存修復」を前提としたものに変わり、電子メディアもいわゆるマイグレーション・エミュレーションが可能な、アーカイブを前提としたコンテンツに変わると予測。

漫画家・さべあのまさん

本が持つ距離感、気軽さ、接し方と少し"違う"としながらも、紙のような電子デバイス上で、映像が立体的にポップアップし、音も出て読み聞かせも自動化、コンテンツもネットを使ってデータ購入できる世界を予測。

東京大学水越伸さん

本は実態から象徴へと変わっていくとし、これまで形をなしていた紙・冊子体・印刷という3要素が「紙のようなもの」「冊子体のようなもの」「印刷のようなもの」へと展開し、それらがネットワークやデジタルと結びつきながら繁茂していく、と予測。

これらの意見、技術的には、それそれタグアーカイブデバイスクラウドを用いた環境の中で成り立つ「本」の姿を予測しているようです。

10年たって振り返ってみると、これらはおおむね当たっている。IoTでRFIDやセンサによるビッグデータ解析はどんどん進んでいますし、アーカイブも物理的な記録媒体を含め、手段の多様化・大容量化が進んでいます。様々なフォーマットを再生するスマホやそれに類するデバイスは花盛りですし、本・冊子体・印刷「のようなもの」も、ネットワークを介したサービスという意味では、クラウドで月数百円のコストで扱えるものが多くあります。

となると、これらは実現されている部分でもあるので、10年後の予測としては的確だったのだと思います。しかしながら、ひょっとしたら100年後の予測としては、もう少し想像力を働かせる余地があった、ということなのかもしれません。

▼英『エコノミスト』編集部,船橋 洋一,東江 一紀,峯村 利哉著「2050年の世界―英『エコノミスト』誌は予測する」(文藝春秋)
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例えば、2050年を予測した上記の本によれば、「ソーシャルネットワークの可能性」について、次の3トレンドを挙げています。

  1. 意思決定に友達の影響力が強まる
  2. 情報がクラウドソース化する
  3. 自分にとって大切な主義や問題に対し、以前よりすばやく組織的行動をとれるようになる

これを未来の本に当てはめると、未来の本は、その見つけ方に友達が大きく影響し、その作り方クラウドソーシングのようなみんなの手助けが大きく影響する。そして、これらは自分が大切にするコミュニティにおいて共有される

同様に「言語と文化の未来」では、未来の出版コンテンツについて以下の2点を言及しています。

  • 文学はローカルなもの。文化に裏打ちされたローカルなものが各文化圏で優勢を保つ
  • 出版は紙から電子に変わるものの、目利き・良いものをプロモーションするという役割は従来通り必要になる

これらは、未来を現状の延長として考えると、スコープはローカルに、コンテンツは目利きを持って、というところは今後も変わらない必要な部分として捉えられています。

▼歌田 明弘著「本の未来はどうなるか―新しい記憶技術の時代へ (中公新書)」(中央公論新社)
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また、上記の本によれば、本の本質は「記憶装置」であり、ヴァネヴァー・ブッシュのメメックスも、テッド・ネルソンのザナドゥも、そしてインターネットのWWWも人類が記憶を記録するために作られてきているとしています。たしかに、ドキュメントには記録の側面もありますが、リンクするドキュメントはただアーカイブするものより、リンクを通じて人の目に触れやすくなるため、記憶されるという点で大きな功績を果たしていると思います。

太字にしたところをまとめてみると、紙の本にはタグが付き、それは同時に電子書籍コンテンツとして多様なデバイスでも読める。コンテンツはクラウドにアーカイブされており、ソーシャルに見つけられた本が共有される。そして、読者が共感を得た、気になった部分がリンクを通じて他の本とつながっている。そして、それらは全体的に「読まれる」「目に触れる」つまり「記憶される」ことを前提にした大きな記憶装置になっている、と考えることができます。

私の考える2030年の未来の本は、これらが実現される世界なのかなぁと(2100年はどうした!)

ここで重要なことは、何を持って読まれるのか/記憶されたと言えるのか、何らかの評価尺度を作っていく必要があるという点かと思います。それは時間かもしれないし、いいね!の数かもしれません。ただ、個々人が示す読書の評価尺度は、あまたある本に対してフィルタリングの効果をもたらし、ある意味で雑音(駄本?)が除去され、いわゆる名著がふるいにかけられるシステムとして機能していくのではないかと思うのです。